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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和39年(わ)300号 判決 1967年9月22日

被告人 土岐義男

主文

被告人を懲役三月に処する。

但し、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(本件の背景と本件発生に至る経緯)

一、米原子力潜水艦の第一回日本寄港までの経緯

(一)  昭和三八年一月、米国政府はライシヤワー駐日大使を通じて日本政府に対し、ノーチラス型原子力潜水艦が乗組員の休養と水の補給の為日本に寄港することを認めてもらいたい旨の申し入れを行つた。日本政府は、ノーチラス型原子力潜水艦は原子力を推進力に用いているにすぎず核武装しているものではないから日米安全保障条約との関係でこれを拒否することは出来ない、従つて原則的には寄港を認めるべきであるが、わが国の原子力に対する特殊な国民感情をも考慮して原子力潜水艦の安全性や万一事故を起した場合の損害補償の問題について米側と折衝する必要があるとの態度をとつた。

(二)  これに対し日本社会党は<1>日米安全保障条約に基づく米原子力潜水艦の寄港は違憲行為であり、原子力潜水艦寄港を認めれば日本がアメリカの核戦略体制の中に組込まれることになる、<2>日本の港で万一事故を起した場合国民が大きな災厄をこうむることになる、<3>事故を起さなくても放射性物質が海洋に投棄されることにより日本の近海が放射能で汚染され、たんぱく質のほとんどを水産物から摂取している日本の国民に与える健康上の被害が心配される等の理由で寄港反対の立場をとり、これと同じ立場をとる総評、安保反対国民会議、護憲連合等いわゆる革新陣営に属する各種団体と共に寄港反対運動を進めることになつた。

(三)  折も折米原子力潜水艦スレツシヤー号の沈没事件が発生し、わが国の多数の科学者は寄港の安全性についての危惧を表明し、日本学術会議第三九回総会も「現状では日本寄港は望ましくない」との声明を発表した。さらに昭和三九年九月政府は、国会での答弁を通じ、米国で原子力潜水艦に装備すべく開発中のサブロツクが核兵器であることを明らかにした。

こうして寄港承認の可否、特に安全性と核装備の問題を巡る国会内外の論争はようやく激化し、国論を二分する情勢となつた。政府は寄港申入れ以来米国側と長期にわたる折衝を重ねる一方、原子力委員会に寄港の安全性についての検討を行わせたが、同委員会としては、原子力潜水艦が国際法上軍艦としての特殊な地位を有するものであることから国内で建造する原子力船の場合のように直接安全性の審査を行うことはもちろん、軍事上の機密に属する技術的資料の提供を受けることも不可能であるので、結局外交交渉を通じて米側の提供し得る限度の資料に基づいて検討した結果、昭和三九年八月「安全性について米国側が与えている保障が完全に実行されれば寄港しても国民生活の安全には支障はない」との見解を発表し、政府はこれに基づき同月二八日原潜寄港を応諾する旨正式に米国政府に通告した。これに対応して社会党では反対運動をさらに強力に押進める為総評と協議して原子力潜水艦寄港阻止緊急行動計画を決め、それに基づいて原潜寄港阻止全国実行委員会を設け、全国的に抗議集会、街頭宣伝などを行うと共に寄港が予定されている佐世保と横須賀に現地闘争本部を置いて寄港阻止の行動体制を強化し、活溌な反対闘争を展開した。

(四)  このような状況の中で同年一一月一一日米国政府は米原子力潜水艦第一回日本寄港は翌一二日午前八時、三日間停泊の予定で佐世保港に入港する旨日本政府に通告し、米原子力潜水艦シードラゴン号は、遂に翌一二日午前九時頃佐世保港に入港した。

二、佐世保を中心とする原潜寄港反対闘争の状況

米原子力潜水艦の寄港地としては、佐世保もしくは横須賀が予定されていた為、寄港の申入れがあつた直後から両地区では活溌な反対闘争が行われた。佐世保市を中心とする反対闘争の主なるものを敷衍すれば、昭和三八年三月に社会党佐世保支部や佐世保地区労働組合会議を中心とする米原子力潜水艦寄港反対の署名運動が開始され、同年九月一日安保反対国民会議等が主催する米原子力潜水艦阻止西日本大集会が佐世保市で開かれ、西日本各県から約六万人がこれに参加しデモ行進が行われる等数次にわたつていわゆる革新団体主催の抗議集会やデモが行われた。特に昭和三九年八日政府が寄港を応諾した後は、前項記載のとおり社会党総評系の原子力潜水艦寄港阻止全国実行委員会現地闘争本部(事務局長吉永正人)が佐世保に置かれ、その後共産党系の現地闘争本部も設けられて、両闘争本部を中心として反対闘争はますます活溌となり、同年一月二三日から一一月一一日までの間に佐世保市内で行われた寄港反対の集団示威行進は三〇回以上に及んだ。同年一一月一一日在日米大使館から翌一二日午前八時米原子力潜水艦が佐世保に寄港するとの事前通告が入るや現地闘争本部(社会党総評系のものを指す。以下同じ)では米海軍基地周辺のデモや抗議集会を行う為関係団体等に緊急動員を行い、右動員に応じて翌一二日には西日本各地からデモや抗議集会に参加する為約一、五〇〇人が佐世保市に集結した。

三、警察官の応援派遣

一方、長崎県公安委員会は同月一一日、「原子力潜水艦の入港に伴ない予想される集団不法事案に対処する為」、警察法六〇条に基づき福岡、熊本、佐賀の各県公安委員会に警察官の応援派遣要請を行いこれに応じて福岡県警から派遣された二個中隊、佐賀、熊本各県警からの各一個中隊のほか長崎県警の警察官をもつてデモ行進等の警備に当る体制を固めていた(一個中隊は約一三〇名で編成)。本件の被害者東文一警部の属する熊本中隊は小島家富警部を中隊長とし、総員一三四名、三個小隊で編成され、同月一二日午後二時頃全員佐世保に到着した。

四、現地闘争本部を中心とする本件発生当日の集団行動と警察側の警備

現地闘争本部は佐世保地区労働組合会議、事務局長速水魁の名により佐世保警察署長に対し、昭和三九年一一月一三日午前七時から午前一一時までの間、佐世保市矢岳町所在綜合会館から南下し、同市平瀬町無番地のロータリーを経て佐世保重工業株式会社(通称SSK)東門に至り、前記ロータリーまで折返した上、平瀬橋方面に東進し、島地町を経て佐世保市役所に至るまでの道路を原潜寄港反対の集団示威運動のため使用することを申請していた。同署長は右申請を許可するにあたり、許可の条件(道路交通法七七条三項)として申請にかかる進行経路を一部変更し、前記ロータリーから佐世保重工業東門までの折返し区間の通行は認めないこととし、その他、渦巻き、蛇行進の禁止等数項目の条件を付した。右ロータリーから佐世保重工業東門までの道路は、その途中に米軍の上陸場があり、碇泊中の原子力潜水艦を眼前に望むこともできる関係上、寄港反対派としては反対運動の当初からこの区間のデモ行進を認めるよう強く警察側に要求してきたのであるが、佐世保警察署長はこの区間がいわゆる袋路であつてこれを多数のデモ隊が折返すことは交通の混乱を来すこと、交通量調査の結果等を根拠としてただ一度許可したのを除き終始これを認めない態度をとり、本件発生の前日、即ち原潜入港当日のデモについても右区間の通行を禁止する条件を付した為、同日行われたデモ行進ではロータリーから上陸場方面に向おうとする一部の学生らが警官隊と衝突して数名が逮捕される事件も発生した。

右のような経緯から現地闘争本部では翌一三日午前のデモ行進許可に付せられた進路変更の条件の撤回方を警察に申し入れたが警察側がこれに応じない為交渉は物別れにおわつた。この為現地闘争本部としては、右交渉の過程で警察署長からデモ行進でない一般の通行ならば阻止は出来ない旨の発言があつたこと、各地からの参加者が長旅で疲れていること、反対闘争の対象である当の原子力潜水艦をぜひ見たいという者が多いこと等を考慮して一三日午前のデモの予定を変更することとし、同日午前八時ごろ綜合会館に集合したデモ参加予定者約五〇〇名に対し、当日の午前中は自由行動とする旨を告げ、潜水艦を見に行く者はデモ隊とみなされないよう三々五々で行くようにと指示したところ、右五〇〇名ぐらいの者の大部分は午前九時ごろからいわゆる三々五々の形で綜合会館を出てロータリーを経て続々と原子力潜水艦が碇泊している上陸場の方に向つた。

当時、綜合会館から上陸場に通じる佐世保市平瀬町無番地のロータリー附近を中心として江浜力を総指揮者とする警察官八個中隊がデモ隊の警備に当つていたが、午前九時過ぎ頃から、原潜寄港阻止の文字のはいつたヘルメツトを手に持ち、一見してデモ行進に参加する為と思われるヤツケ等の服装をした前記の人達が綜合会館方面から上陸場の方面に向いはじめ、その数は次第に増加し、短時間に総数一五〇名ぐらいが上陸場の方に入り集団の体をなすに至つたので、警察側はこれをデモ行進の変形と解釈して午前九時二五分ごろロータリーから上陸場方面への通行を阻止する措置をとる一方、既に上陸場附近を経て佐世保重工業東門附近に集つて来た約一五〇名に対してはマイクで「デモ隊とみなすからロータリーの方に退去せよ」との旨呼びかけながらその周囲を二個中隊ぐらいの警察官でとりかこんだ。

このため警察官にとりかこまれた人達は右の措置を不当として抗議し両者間で衝突が起りそうな不穏な空気となつたのでそこに居合せた社会党の石橋政嗣代議士と警察側との交渉の末、同代議士がそこに集つた約一五〇名を誘導してロータリーの方向に引返すことになつた。石橋代議士に先導されて午前一〇時四〇分ごろロータリー附近まで引返したこれらの人達はロータリー南方にある鉄道引込線の南側で隊伍を整え再び予定を変更して本来のデモ行進に移ることにし、いつたん平瀬橋方面に向おうとしたが警察側は綜合会館方面を指示した為、午前一〇時五〇分頃ロータリーから綜合会館方面に向けて五列縦隊ぐらいで北進し、やがて駆け足となつて蛇行進を開始した。

他方上陸場方面に行くことを阻止されてロータリー北方東側歩道上に停滞していた三五〇名ぐらいの人達も右デモ行進の後尾に合流しはじめた。デモ隊の蛇行進は次第に激しくなつて車道の右側半分と中心線附近を占拠し、列の先頭はロータリーの北方約五〇メートルの地点にあつてなお北進を続けようとしていた。

当時警察側はロータリーから綜合会館に通じる道路の中心線に沿つて二個中隊、平瀬橋に通じる道路の中心線に沿つて一個中隊がかぎ型に阻止線を張り、綜合会館に通じる道路の西側歩道にはロータリー北方約三〇メートルから五〇メートルの区間にわたつて熊本中隊の三個小隊が並んで警備に当つていたが、デモ隊が前記のように蛇行進しながら熊本中隊の前方を通過しようとするや熊本中隊は小島中隊長、各小隊長の号令により右デモ隊に対していわゆる圧縮規制を開始した。その方法は警官隊がいつせいに蛇行進の列に向つて突進し、実力でデモ隊を寸断し、これを東側歩道方向に押し込むようにして規制したものである。その際、熊本中隊付の採証警部として他の隊員と共に規制に当つていた東文一はデモ隊の雑踏に巻き込まれ、デモ隊員多数にとりかこまれたまま移動するうち東側歩道の側溝(幅約〇・五メートル、深さ約〇・六メートル)に転落した。

五、被告人の本件発生直前までの行動

被告人は昭和三九年八月から総評翼下の全自交連大阪地連の教宣部長をしているものであるが、昭和三九年一一月一一日総評を通じて米原子力潜水艦が同月一二日に佐世保に入港するとの連絡を受け現地で行われた原潜寄港反対の集団示威行進に参加する為同月一二日正午過ぎ佐世保に到着し当日のデモに参加した上翌一三日も集団示威行進参加の為午前九時頃集合場所である綜合会館に赴いたところ主催者側から前項記載のとおり自由行動にする旨を告げられたのでそこに集つた人達にまじつて三々五々の形で平瀬町のロータリーまで来たところそこでピケを張つていた警官隊に上陸場に行くことを阻止された。被告人と同じように綜合会館から来た人達の数は次第にふえ午前九時四〇分頃には約三五〇名がロータリー北方東側歩道附近に停滞した。午前一〇時四〇分頃になつて先に上陸場方面に入つた人達一五〇名位がロータリーまで引返し、そこで隊伍を整えて蛇行進を始めたが被告人等も労働組合側の宣伝車から右デモ隊に合流するようにとの指示を受け、被告人はそこにたむろしていた三五〇名位の人達と共にこれに合流した。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三九年一一月一三日午前一〇時五〇分頃佐世保地区労働組合会議主催の米海軍原子力潜水艦佐世保寄港に反対する集団示威行進に参加し佐世保市平瀬町無番地所在のロータリー附近の道路を蛇行進しながら北進中、長崎県公安委員会の要求によつて佐世保警察署に派遣された熊本県警部東文一が右集団示威行進に巻き込まれロータリーから北方約五五メートルの道路東側歩道横の側溝に転落し、歩道上に這い上るべく右足を歩道にあげているのを見るや右足で東警部の右大腿部を一回足蹴りにして暴行を加え、東警部が直ちに被告人を現行犯人として逮捕すべく腹這いの姿勢で被告人の右足を掴んだところ更に左足で同警部の頭から左背部附近にかけて二回足蹴りにして右公務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法九五条一項に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、後述の情状にかんがみ同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から一年間右の刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(公訴事実と異なる認定をした理由)

一、公訴事実の要旨は、被告人が前同日時場所において集団示威行進の蛇行進を制止していた熊本県警部東文一が右行進中のデモ隊員一〇数名に巻き込まれて歩道横の側溝に転落し、右歩道上へ這い上るべく右足を歩道上にあげるや、右足で東警部の右大腿部を一回足蹴りにして同警部の前記公務の執行を妨害し、さらに同警部から公務執行妨害の現行犯として逮捕せられんとするや、左足で同警部の頭部から左背部附近にかけて二回足蹴りにして同警部の右公務の執行を妨害したというのである。即ち検察官は、本件において妨害された公務として蛇行進に対する規制行為と現行犯人逮捕行為の二つを主張している(第一回公判における検察官の釈明)。

二、公務執行妨害罪が成立するためには、暴行又は脅迫によつて妨害された公務員の職務行為が適法であることを要し、右職務行為の適法性の有無は、行為当時の状況に基づいて客観的合理的に判断すべきであると解する。

三、そこでまず右の規準に従つて東警部らの蛇行進規制行為の適法性について判断する。

被告人らの参加していた集団示威行進が佐世保警察署長によつて付された許可条件に違反して蛇行進を行い、東警部らの警察官が実力をもつてこれを規制した事実はさきに認定した通りである。

道路交通法には同法七七条三項の許可条件に違反した者について事後的に処罰する規定(同法一一九条一三号)はあるが直接実力をもつて条件違反のデモ行進を規制する根拠となる規定は存しない。従つて前記罰条の罪が成立する場合に現行犯逮捕が許されることは別論として条件違反のデモ自体は一般犯罪行為の制止に関する警察官職務執行法五条後段の要件を満す場合にはじめてこれを制止(実力による規制および停止)することが許されるものであるところ、同法五条は警察官が制止行為をなしうるための要件として「<1>犯罪がまさに行われようとするのを認めたとき、<2>その行為により人の生命若しくは身体に危険がおよび又は財産に重大な損害をうける虞れがあつて、<3>急を要する場合」の三つを規定している。

制止行為について右のような厳格な制限を付したのは、制止行為が警察官の実力行使であり人身の自由に対する直接強制であつて、しかも行政上の手段として裁判官の令状なくして行われるものであるからその濫用を防止する趣旨にほかならない。

本件についてみるに、西川秀幸、佐々木忠雄、河野健一の各作成の映画フイルム等によれば、現場附近におけるデモ隊の蛇行進の状況はかなり激しいもので、急角度にうねりながら車道の右半分および中心部を占拠して北進を続けようとしていたことが認められ、<1>の要件を満すことは明らかであるが当時附近の道路には多数の警察隊とその出動車、労働組合の宣伝カー等を除けば一般の車両や人の交通は稀であり、少なくともデモ隊の進路周辺に一般人車の姿はなく、しかも現場は歩車道の区別ある幅員二三メートルの道路であつて、蛇行進をしばらく放置してもそれにより一般人の生命又は身体を害し又はその財産に重大な損害を与える虞れがあるような状態でなかつたことは証拠上明らかである。検察官主張のように当時現場に居合わせた警察官もまた前記警職法五条の<2>の要件にいう「人」の範疇に属するものであるとしても、本件において圧縮規制開始前にデモ隊員が警察官になんらかの危害を加えようとした事実はなく、その虞れが認められない(東文一、平川平八らの証言によるとデモ隊の中から警官隊に対する投石のあつたことが窺われるがそれは圧縮規制の開始後であり、規制によつて触発されたものとみるべく規制前からその虞れがあつたとはいえない)。またデモ隊を構成する各個人も前記「人」に含まれると解するとしても、蛇行進を開始したデモ隊は整然たるものでないにせよやはりそれ自体の規律に従つて隊列を組んで動いたのでありこれを放置すればその中から死傷者が出る虞れがあるような状況は前記映画フイルムその他の証拠によるも認めることができない。

しかも圧縮規制はデモ隊が蛇行進を始めた直後、デモ隊が出発地点から僅か五〇メートルぐらい進行した時に実行されている。デモ隊が蛇行進を継続して一般の人車の交通の多い地域に到達したとき、事故の発生する危険があるというのであれば、デモ隊に警告を続ける一方警官隊をデモの進行方向に先回りさせ、道路に制止線を引いてデモ隊の北進を消極的に制止する措置が十分可能であつたと考えられる。

附近に通行人があつて蛇行進を放置すれば通行人に危害の及ぶ虞れのあるような場合は格別であるが、本件の圧縮規制開始当時においては、デモ隊の蛇行進により人の生命、身体に危険が及びまたは財産に重大な損害を受ける状況にあつたとは到底認められず、いわんや制止行為が急を要する場合であつたとは認められない。東警部を含めて警察官らが行つた本件デモに対する規制行為は前記<2><3>の要件を満さず具体的権限に基づかない違法な行為であつたといわざるをえないから蛇行進を規制中の東警部に対する被告人の当初の暴行行為は公務執行妨害罪を構成しない。しかし右被告人の暴行は東警部の違法な規制行為に対する直接の防衛行為ではなく、被告人が防衛の意思で加えた暴行とも認められないから正当防衛としての違法阻却は認められず、刑法二〇八条の暴行罪が成立すると解する。

四、次に東警部は被告人の暴行を自己の公務執行行為に対する妨害と判断し公務執行妨害罪の現行犯として逮捕すべく被告人の右足をつかんだところ、被告人は逮捕行為を逃れようとして左足で東警部の頭部から左背部附近にかけて二回後蹴りにする暴行を加えたのであるが、東警部の右逮捕行為は本来単純暴行の現行犯として逮捕すべき者を公務執行妨害罪の現行犯として逮捕しようとした点に瑕疵がある。しかし右の程度の瑕疵は上述の規準にてらし、未だ公務執行妨害罪の適用に際して、同警部の逮捕行為の適法性を失わせるものではないと解するのが相当である。当裁判所は右の限度において、本件における公務執行妨害罪の成立を肯定すべきものと考える。

五、なお被告人の所為中、東警部の逮捕行為以前の暴行と逮捕行為に対する暴行は、一個の継続した暴行の意思に基づいて同一の機会に行われた一連不可分のもの即ち一個の暴行行為とみるべきものである。当裁判所は前述のように逮捕行為に対する暴行のみにつき公務執行妨害罪の成立を認めるのであるが、かように一個の暴行行為の前半が単純暴行罪を、後半が公務執行妨害罪を構成する場合には前者は事実上後者に吸収され、包括して一個の公務執行妨害罪のみ成立すると解する。

(弁護人らの主張の要旨)

第一、日米安全保障条約は憲法前文、同九条に違反し無効であるから、右条約を根拠とする米原子力潜水艦の寄港は憲法違反であり、それを擁護する警察官の行動はすべて違法であつて公務執行妨害罪は成立しない。

第二、長崎県公安委員会がなした、本件デモ規制のための他県警察官派遣要請は、デモの規模その影響、応援の必要等について何等具体的な調査検討を行うことなく認定し、その援助要請理由は「アメリカ原子力潜水艦の佐世保入港に伴ない予想される集団不法事案」の警備の為といい、応援部隊の任務として、集団不法事案の予防鎮圧および被疑者の現場検挙をあげ、憲法二一条によつて保障されたデモ行進を頭から違法視し、これを弾圧しもつて米原子力潜水艦の佐世保寄港に寄与することにより憲法破壊に手を貸そうとするもので、その目的において違憲不法であり警察法六〇条による適法な援助要請があつたとはいえず、従つてその要請によつて熊本等各県から派遣された警察官は長崎県警の管轄区域である佐世保ではその職務を行うことは出来ない。従つて東警部の職務執行は違法であり公務執行妨害罪は成立しない。

第三、道路交通法七七条は、道路を使用して集団的行動を行う場合に、所轄警察署長の事前の許可を要求して、非常に広汎に集団的行動を事前に抑制する道を開いており憲法二一条に違反する。従つて道路交通法七七条に基づいてなされた本件デモに対する規制は無効であり、東警部の行つていた職務は違法であるから公務執行妨害罪は成立しない。

第四、仮に道路交通法七七条が違憲無効の法律でないとしても、佐世保警察署長がなした本件の条件付道路使用許可処分は憲法二一条に違反して無効である。即ち右条件の中には、佐世保市平瀬町無番地を経て、佐世保重工業株式会社東門に通ずる道路の通行禁止および渦巻行進、蛇行進の全面禁止などが含まれているが、これらの条件は交通の妨害にならないようにとの配慮から付された条件ではなく専ら原潜寄港反対デモの政治的効果を失わせる目的でなされたものであつて、憲法二一条で保障された表現の自由の一形態である集団示威行進を不当に制限するものである。従つて集団示威行進がその許可処分の条件に違反したことを理由とする警察官の職務執行は違法であるから公務執行妨害罪は成立しない。

第五、本件における警察官の蛇行進に対する制止行為は警察官職務執行法五条に定められている制止行為の要件を満しておらず、警察官の職権を濫用するものであつて、本件デモに対する東警部の行動は適法な公務の執行とはいえないから公務執行妨害罪は成立しない。

(弁護人の主張に対する判断)

第一点について

本件の発端となつた米原子力潜水艦の佐世保寄港が、日米安全保障条約を根拠とするものであることは明かである。しかし本件で問題となつている警察官の規制行為は被告人等の条件違反の蛇行進を制止するためになされたもので日米安全保障条約に基づく原子力潜水艦の佐世保入港を擁護し又は之に反対する集団示威行進そのものを阻止するためになされたものではないから日米安全保障条約が合憲であるか否かは本件公務執行妨害罪の成否と直接の関連性がない。よつて当裁判所は日米安全保障条約のひいては原子力潜水艦寄港の合憲性については判断しない。

第二点について

都道府県警察は警察法第二条に定められている犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締等の職務を行うに当つて相互に協力する義務を負い(警察法五九条)、都道府県公安委員会は右警察の職務の遂行に必要な場合は警察庁又は他の都道府県警察に対して援助の要求をする事が出来るのであつて(同法六〇条一項)いかなる場合にその必要を認めて援助要求をするかは都道府県公安委員会の自由裁量に属するものと解する。本件に於て長崎県公安委員会がなした福岡、熊本、佐賀の各県警察に対する警察官派遣要請の電文には起る事の予想される不法事案として寄港反対のデモ隊と右翼団体との衝突を挙げているし、電文全体の文意からもそれが寄港反対の集団示威行進を弾圧する為の要請であるとは認められず他にも右派遣要請が裁量権の範囲を逸脱し弁護人主張のように違憲不法な目的の為になされた事を認めるべき資料は存在しない。しかも証人磯崎忠義、同小山友一の証言によると長崎県公安委員会の派遣要請の手続には何等の瑕疵もなかつた事が認められるから右援助要求によつて派遣された熊本県等の警察官が長崎県公安委員会の管理する長崎県警察の管轄区域内でその職務を行うことが出来ることは警察法第六〇条三項によつて明かである。この点の弁護人の主張は採用出来ない。

第三点について

憲法二一条の保障する表現の自由は民主主義社会の基礎をなす基本的な自由として最大限に保障されなければならない。特に集団示威行進は一般大衆が自己の思想を表現し培養する為の最も重要かつ効果的な手段の一つである。

しかしいかなる権利自由といえども他の権利自由を無視した無制限な行使が許されるべきでなく常に公共の福祉との調和が保たれなければならない(憲法一二条一三条)。集団示威行進は通常一般の交通の用に供される道路を使用するものであるからその時、場所、方法の如何によつては、一般交通の安全と円滑という公共の福祉を著しく害する場合があるので、公共の福祉の為必要最少限度の制限を受ける事は止むをえないものとして是認されなければならない。道路交通法は道路に於ける危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図る目的(同法一条)を達成する為同法七七条一項各号に道路を本来の用途以外の用に供する特定の行為を掲げ警察署長の許可を要求している。更に同条一項四号を受けて長崎県公安委員会は長崎県道路交通法施行細則一五条三号によつて集団行進を警察署長の許可を要する行為としているので集団示威行進を行うに当つては事前に所轄警察署長の許可要することになるのである。しかし他面道路交通法七七条二項は申請にかかる行為が現に交通の妨害となる虞れがないと認められるとき、許可に付された条件に従つて行われることにより交通の妨害となる虞れがなくなるとき、更に現に交通の妨害となる虞れがあつても公益上又は慣習上止むを得ないものと認められるときは必ず当該申請を許可しなければならないとして不許可処分を厳格に制限し、合理的な規準を示している(「交通の妨害」という規準は、各地の公安条例に於ける「公共の安寧」等という規準と対比すれば明確で合理的なものである)。又右規定に対する違反行為についても事後的な罰則はあるが直接之を実力で規制することを認める規定は存しない(各地の公安条例は実力による制止の規定を含んでいる)。道路交通法による右の程度の制限は道路に於ける一般交通の安全の見地から止むを得ない必要最少限度の制限でありこれを違憲であるとはいえない。

第四点について

本件集団示威行進の許可に際して付せられた条件が原潜寄港反対デモの政治的効果を失わせる目的でなされたと認められる資料は存在しない。又司法警察員増田義英作成の昭和三九年一一月一四日付道路使用申請書及び許可証の写添付についてと題する書面によれば本件集団示威行進の申請は参加人員一、〇〇〇名行進の形態は三列縦隊、時間午前七時から一一時までとなつており、右のような時間に一、〇〇〇名もの集団が一般交通の用に供される道路で渦巻行進、蛇行進をすることは一般交通の妨害となる虞れあることが明かであり又右の方法による行進が公益上止むを得ないと考えられるような事情もないから渦巻行進、蛇行進を全面的に禁ずる条件を付した佐世保警察署長の措置が不当に集団示威行進を制限し憲法二一条に違反するとの弁護人の主張は失当である。

次に平瀬町無番地所在のロータリーから佐世保重工業株式会社東門に通ずる道路における集団示威行進を禁止した条件については右条件は右区間の道路の状況を判断して、その状況に応じて具体的、個別的に定められたものであるから、仮に右条件が違法であるとしても前記蛇行進禁止の条件はこれと一体をなし同一の法的評価に服すべき事情にはなく、しかも本件で直接問題となつているのは右区間以外の道路における蛇行進の規制に関する警察官の職務行為であり前記条件の適否は本件公務執行妨害罪の成否に関係がないので判断しない。

第五点について

当裁判所もまた本件の蛇行進に対する東警部等の規制行為は警職法第五条の要件を満していないと認める。従つて右規制行為自体は違法であるが、その違法性は後になされた逮捕行為の適法性までも失わせるものとは認められず、その限度で公務執行妨害罪が成立すると解すべきことは既に詳述したとおりである。弁護人の主張は之に反する限りに於て採用出来ない。

(情状)

被告人の本件暴行は、デモの混乱の中で群衆心理にかられた結果とはいえ、デモ隊の中に巻き込まれて溝に落ち込み這い上ろうとしている一人の警察官に加えられたもので警察官の違法な規制に対する防衛の為に、その意思で行われたものではなく警察官に対する反感から積極的に加えた攻撃であつて被告人の犯行それ自体は如何なる意味でも是認出来ない。

ただ冒頭でふれたように本件の背景をなす米国原子力潜水艦の佐世保寄港は一次冷却水やイオン交換樹脂の廃棄に伴う放射能の危険性、更に将来核爆雷サブロツクや核ミサイルポラリスの持込みがなしくずしに行われるのではないかと云う問題などを巡つて国民のかなりの部分が依然原潜寄港に不安を抱いている中で行われたものであつて被告人もまた右のような不安から原潜寄港に反対する政治的確信に基づいて本件当日の集団示威行進に参加したことが推察され、しかも本件は原潜寄港反対闘争が一つの頂点に達した時期に当の原子力潜水艦が寄港中の興奮に包まれた佐世保市に於て上述の経過のもとに発生したものである点に留意する必要がある。寄港反対派による集団示威行進が道路交通法規によつて佐世保警察署長が適法に定めた許可条件に違反して蛇行進を行い、それが警官隊の規制を招いて本件の発端となつたことは遺憾であるが、五〇〇人位のデモ隊に対して一、〇〇〇名もの警察官が警備に当りデモ隊を可なり刺激したことや、デモ隊に対する警察側の指導の不統一がデモ隊を混乱させた一つの原因となつた(但し蛇行進を正当化する程度のものではない)こと、デモ隊に対する警察側の違法な圧縮規制が行われていなければ本件の犯行も発生しなかつたと考えられること、右の規制を契機として本件のような警察官に対する暴行事案を生じた反面、デモ隊員に対し警察官が殴る蹴るの暴行を加えた事実がある(証人杉本武夫、吉永正人の証言参照)にもかかわらず後者は一切不問に付されていること、等も本件の量刑にあたつて十分考慮すべきである。

以上の理由で主文の通り判決する。

(裁判官 野田普一郎 楠本安雄 赤塚健)

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